東京都城南地区や神奈川県川崎市・横浜市の東急線沿線を中心に、一般路線バスを運行する東急バス株式会社。2024年3月に自動車運送業が「特定技能1号」の対象となって以来、同社はバス業界の第一人者として特定技能によるバス運転士の採用を推進してきた。
2025年9月に入国した一期生のインドネシア人3名は、難関の大型二種免許を一発で合格。今年3月には、1名が大田区の池上営業所で、2名が川崎市の虹が丘営業所で特定技能制度による外国人運転士として正式に乗務を開始し、そのうちの1人であるマハトミさんは「全国初の特定技能による外国人女性バス運転士」となった。
バス業界での採用事例が少ない中、どのように日本の交通ルールを指導し、免許取得をサポートしたのか。人財戦略部長の岡野さんに話を伺った。
技能実習経験と「運転慣れ」がインドネシア採用の決め手
――バス業界の中で、いち早く特定技能の採用に踏み切った経緯を教えてください。
背景には、親会社の東急株式会社が2014年からベトナムでバス事業を展開しており、当社もその立ち上げを通じて海外でのノウハウを蓄積していたことがあります。そのような背景もあり、2023年9月に日本バス協会内に設立された「外国人運転者受入推進部会」の部会長を、当社社長の古川が務めることになりました。
社長自らが業界全体の舵取りを担う立場であり、会社としても性別・年齢・国籍にかかわらず多様な人材が活躍できる「ダイバーシティ経営」を推進していることから、「私たちが先陣を切って成功事例を作り、採用の幅を広げていかなければならない」という使命感を持ってスタートしました。

採用に関しては、当初は現地で日本流のサービスを習得済みのベトナム人運転士を特定技能として採用する予定でした。しかし、バス運転士の特定技能要件である「日本語能力試験(JLPT)N3以上の取得」は、彼らにとってハードルが高かったことから断念。方針を転換し、日本と同じ右ハンドル・左側通行で、就労意欲が高いインドネシアとネパールに視野を広げました。
特にインドネシアは、日本での技能実習経験者が多く、車社会のため運転にも慣れています。さらに、現地では「BRT」というバス高速輸送システムが発達しており、バス運転士が比較的人気の職業であることも、優秀な人材確保の後押しになったと感じています。

――採用にあたって、現場や世間の反応への心配はありませんでしたか?
日本では、バス運転士といえば日本人男性のイメージが強く、そこに外国籍の方が加わることへの不安は正直ありました。しかし、少子高齢化でバス運転士が不足している今、これまでの固定観念に縛られていては事業自体が立ち行かなくなります。マハトミさんのような女性運転士の活躍も含め、「心配はあるけれど、未来のために変えていかなければならない」という思いの方が強くありました。
――乗客への接客など、言語面でのコミュニケーションについては?
N3以上を取得しているとはいえ、試験は読み書きが中心ですから、お客さまの「大人1人、子ども1人」といった言葉を聞き取って適切にコミュニケーションが取れるかは未知数でした。しかし、先日運転士デビューした一期生がお客さまに対して丁寧に対応する姿を見て、今では大きな安心感に変わっています。

運転の専門用語は「正しくやさしい日本語」で指導
――免許取得や技術指導はどのように進められたのでしょうか?
入国前は現地の教習施設「ジャパン・インドネシア・ドライビング・スクール(JIDS)」と連携し、日本の試験場を再現したコースでの練習や、学科試験のテキストのインドネシア語翻訳などを行っていただきました。
入国後は東急グループの「東急自動車学校」で、外免切替試験の対策や大型二種免許の取得をサポートしました。一期生は、無事一発で合格してくれました。周囲が心配するのをよそに、彼ら自身は「大丈夫です!」と自信満々な様子で、非常に頼もしかったですね(笑)。
――営業所に配属されてからの「新任運転者研修」はいかがでしたか?
新任運転者研修では、バスの運行に関する基本的な知識や会社の制度、緊急時の対応などを座学中心で学んでもらうのですが、専門用語や日本特有の交通ルールを覚えることに苦労していたようです。そのため、指導にあたる運転士は「正しくやさしい日本語で話す」ということを常に心がけていました。
例えば、道路上のパワーバランスを教える際は「大きなバスは、小さな乗用車を守る親。親が子を守るように、事故を起こさない運転をするんだよ」と伝えています。単なるルールの押し付けではなく、その理由を噛み砕いて話すことで、異国の交通マナーもスムーズに浸透していくと感じています。

「日本でバス運転士になりたい」という意欲の強さが大事
――生活面では、どのようなサポート制度を整えていますか?
日本人同様の借上げ寮制度に加え、家具・家電の準備などのサポート体制を整えています。また、LINEグループを通じて「病気の時の病院選び」や「スマホの契約方法」など、小さなことでもすぐに相談できる環境を作っています。運転士の仕事は心身の健康維持が大切ですので、困ったことがあれば何でも話してもらえるようにしています。
――今後、さらに強化していきたい制度やサポートはありますか?
まずは、日本語力をさらに高めるための教育を充実させていきたいと考えています。当社では現在、バス運転士だけでなく自動車整備士の外国人材も活躍していますが、どの職種においても日本語でのコミュニケーションが不可欠です。特に運転士はお客さまとのやり取りが必要になりますので、マニュアル通りの言葉だけでなく、現場で役立つ「実践的な日本語」を体系的に学べる場を整えていきたいですね。

また、2025年10月から外免切替の試験が厳格化され、「10問中7割正解」で合格だった筆記試験が「50問中9割正解」まで求められるようになりました。合格のハードルがさらに上がっているので、引き続き自動車学校での教習などを通じてサポートしていきたいです。
――これから日本で働きたいと考えているインドネシア人材に向けて、メッセージをお願いします。
正直に言うと、バス運転士は他の特定技能分野と比べてハードルが高い職種です。高い日本語能力(JLPT N3以上)が求められるだけでなく、来日後の特定活動期間中に、外免切替や大型二種免許の取得、新任運転者研修などをすべて完遂しなければなりません。この険しい道のりを最後まで走り抜けられるのは、「日本でバスを運転したい」という意欲と、将来のビジョンを明確に描けている人だと確信しています。
私たちとしても、海をわたって働きに来てくれる皆さんには、できるだけ長く活躍してほしいと考えています。当社では国籍や性別、年齢に関わらず、さまざまな方が活躍できるような体制づくりを進めているので、ぜひ安心して日本に来て、バス運転士として働いていただけたらうれしいです。

※内容は取材当時(2026年3月)のものです。
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