公開日2026年07月01日
川崎みどりの病院で働くタンティさん

仕事と育児を両立しながら患者さんに信頼される介護福祉士として成長し続けるのが目標

タンティ ソピア ヌルチャヤティさん
(TANTI SOPIAH NURCAHYATI)
1996年生まれ 西ジャワ・バンドン市出身
家族を支えるために日本の介護職を選択

日本で働きながら、家族の生活費と高校生の弟妹の学費を仕送りしているタンティさん。4人きょうだいの長女である彼女がこの道を選んだのは、家族の暮らしを支えることが目的だった。

インドネシアにいた頃は、祖父母の家に間借りして両親と6人1部屋で寝起きする生活。「狭い空間で暮らしていたので、いつか私が家を建てて妹や弟に勉強部屋を作ってあげようと思っていました」と語る。当初は国内での就職を考えており、誰かが病気をしたり介護が必要になったりした時に、学んだ知識を生かして世話ができるようにという思いから看護大学を選択した。

「でも、インドネシアで看護師の仕事を探すのは大変なので、海外のさまざまな国の情報を調べました。看護や介護の技術が一番進んでいる日本のことを知り、ここに行けば働きながらいっぱい勉強できて、自分自身が成長できると思いました」

大学卒業後に約8ヵ月間、日本語や日本の文化、介護技術などを日本語学校で習得。その後、静岡県、東京都、神奈川県で約40の病院・福祉施設を展開している新富士病院グループを学校から紹介された。インドネシアで行われた採用担当者との面談では、来日前に唯一不安に感じていたことを率直に尋ねた。

「私はムスリムなので、ヒジャブの着用や礼拝ができるかを聞きました。勤務中にヒジャブを着用することも問題なく、礼拝用の部屋も準備していただけると言われ、安心して日本で働けると思いました」

新富士病院グループは、売店内にハラルフードを揃えるなどムスリムに対する配慮が万全
技能実習5年目に介護福祉士国家試験に合格

2017年12月に技能実習生として来日したタンティさんは、福岡県にあるグループ病院での1ヵ月間の研修を経て、2018年1月より神奈川県の川崎みどりの病院に配属。高齢の患者が多く入院している一般病棟で看護助手の業務をこなしながら、将来を見据えたスキルアップに努めた。

帰宅後は介護福祉士の受験勉強に取り組み、回数に制限なく何度でも在留資格の更新ができる介護ビザの取得を目指した。

日本語能力向上のため、来日2年目の2019年には「第29回外国人技能実習生・研修生 日本語作文コンクール」に応募。患者さんとの日々の触れ合いを通して感じたエピソードを綴った作品「素敵なプレゼント」は、13ヵ国・全2,600編の中でも「ダントツに光っていた」と審査員から非常に高い評価を受け、最優秀賞(4編)を受賞した。

そして、技能実習の最終年となる5年目の2023年1月、介護福祉士国家試験に一発で合格。現在は病院内の欠かせない存在として、日々業務に励んでいる。

プライベートでは、タンティさんと同時期に来日して同じグループの病院に勤務しているインドネシア人・タウピックさんと2024年6月に結婚。2027年1月には第一子を出産予定だ。

「仕事と育児を両立させるために、出産後は子どもを保育園に預けてなるべく早く職場に復帰したい。少なくとも子どもが学校を卒業するまでは、日本で生活していきたいと思っています」

勤続8年目で後輩の指導やサポート役も担う

今年で勤続8年目を迎え、後輩もたくさんできた。それに伴い、勤務時間内外にわたってリーダーとしての役割を求められるようにもなった。

各病院のインドネシア人のリーダーたちは、技能実習生同士の親交を深めるためにさまざまなイベントを企画している。最近では、神奈川県内のインドネシアレストランで交流会を開催。東京と神奈川の7病院から40人が参加して故郷の料理を楽しみつつ、クイズやゲームなどの余興も交えて大いに盛り上がった。

「日本に来たばかりの頃は寂しさを抱えている人が多いと思うんです。でも、私たち先輩もいっぱいいるし、『あなたは一人じゃないから大丈夫ですよ』という気持ちを伝えたくて、このような機会を設けています」

病棟では2年前から業務リーダーを任されていて、日本人・インドネシア人を問わず新人スタッフの指導も行う。日本語がまだ十分に理解できない技能実習生に対しては、丁寧な説明が必要な時に限りインドネシア語で話すなど考慮している。

タンティさんは日本語能力試験(JLPT)のN1合格を目指しており、自身のレベルアップにも努力を怠らない。

「リーダーになってから書類を作成する業務も増えたので、もっと漢字を覚えないといけないと痛感しています。また、患者さんへの身体的な介助に関しては問題ありませんが、より深くコミュニケーションが取れるようになるためにも、これからも日本語の勉強を継続して行なっていきます」

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