2025年12月、特定技能制度下で初となる外国人の貸切バスドライバーが誕生した。羽田空港のターミナルでANAのキャビンアテンダント(CA)の送迎を担う、インドネシア人のイユスさんだ。
「幼い頃から憧れていた日本で、バスドライバーという夢を見つけました。今はその夢が叶って本当にうれしい」と語る彼だが、ここに至るまでには長い道のりがあった。

バス運転手に憧れを抱くも、ビザの壁で断念
子どもの頃から日本のドラマやアニメを見て育ったイユスさん。インドネシアの大学在学中、当時ブームを巻き起こしていた宇多田ヒカルやL’Arc-en-Cielなどのアーティストに惹かれ、「日本で暮らしたい」という思いを強くした。
大学卒業後の2013年、東京の日本語学校へ留学。2年間日本語を学んだ後、銀座の旅行会社に「技術・人文知識・国際業務(技人国)」の在留資格で入社し、訪日インドネシア人向けの航空券手配や日帰り旅行の案内を担当した。イユスさんがバスドライバーを志したきっかけは、この前職での経験にある。
「当時、私は観光バスに同乗してツアーの案内をしていました。日本のさまざまな場所を巡り、お客さまに地域の魅力を伝えるバスドライバーの姿を見るうちに、自分もこの仕事をしたいと強く思うようになったのです」

しかし、当時は外国人がバス運転手になるには「永住者」「日本人の配偶者等」「日本国籍」のいずれかが必要だった。技人国ビザのイユスさんに目指す術はなく、一度は夢を諦めざるを得なかった。
デビュー初日には夢を叶えた感動から涙も
転機が訪れたのは2024年。特定技能制度の対象分野に、自動車運送業が追加されたのだ。
この法改正をチャンスと捉えたイユスさんは、すぐにハローワークの求人に応募。「宇宙一本気(マジ)な乗務社員採用プロジェクト」を展開し、外国人ドライバーの採用に力を入れている両備グループのニッコー観光バスから内定を獲得した。
すでに普通免許を取得していたイユスさんは、入社後すぐに同社提携の教習所で二種免許の取得に励み、2ヵ月で合格。特定技能の要件である日本語能力試験(JLPT)N3も、聴解分野で満点を記録し合格した。

最大の難関は、2024年12月に開始された「特定技能評価試験」。試験が始まったばかりで受験経験のある先輩や専用の教材がない中、イユスさんは日本人の先輩社員が作ったオリジナルの模擬テストなどで勉強し、試験に臨んだ。
「受験前日は『落ちたらどうしよう』という不安で眠れなかった」と話すイユスさんだが、結果は5問の誤答のみで見事に合格。日本初のバス分野の合格者となった。

その後は営業所での運行サポートなどを行いながら実車訓練を重ね、2025年12月に羽田空港でバスドライバーとしてデビュー。同空港は国際化が進んでおり、施設内に「お祈り室」が完備されていることから、ムスリムであるイユスさんが働きやすいようにという会社側の配慮もあっての配属だった。
「初日は朝の3時に出勤し、密着インタビューを受けながらCAの皆さんの送迎を行いました。インタビューの最中で『ついに夢が叶ったんだ』と実感したときには、思わず涙がこぼれてしまいました」

次の夢は“日本一の高級観光バス”の運転手
バスドライバーとしてデビューして半年。現在は早朝4時台や5時台のバス運行をメインに担当している。早朝便の日は午前2時に起床するため、19時には就寝するという生活リズムの調整に苦労しつつも、それ以上のやりがいを感じている。
「私の運転や声がけでCAの皆さんに喜んでいただけるのがとてもうれしいです。安心して乗車していただけるように、『いってらっしゃいませ』『お疲れ様です、おかえりなさいませ』など、状況に応じて丁寧なあいさつをするように心がけています。CAさんから『言葉遣いが自然で、日本人のドライバーさんかと思いました!』と驚かれることもありますね」

イユスさんの次なる目標は、同社の高級観光バス「アンピエッツァ」のドライバーになることだ。アンピエッツァは24名乗りのトイレ付き3列シートバスで、高価格帯のサービスであるため、上質な接客スキルと高度な運転技術が求められる。


「日本一のバスであるアンピエッツァを運転できる“スペシャルドライバー”になるのが今の夢です。そのために、丁寧語や細やかな接客を学んで努力を続けていきます」



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