気の置けない先輩や仲間たちと一緒に看護助手の仕事を精いっぱい務めていきたい
一時帰国後に再来日して介護福祉士の資格を取得
高校生の時、インドネシア人の看護師が外国の病院で活躍している動画を見たことがきっかけで、自分も海外で働いてみたいと思うようになったというマチェビャさん。日本を選んだのは、子どもの頃から兄と一緒に日本のアニメをよく見ていて“とても楽しそうな国” というイメージがあったからだ。

「もともと、自分の生まれた場所しか知らないのはもったいない、もっといろんな世界に行ってみたいという願望がありました。日本には、四季があるのもすごく魅力的でしたね」
看護大学を卒業後、介護職の技能実習生として2018年に初来日。東京都町田市にある鶴川記念病院で、主に入院患者の日常生活の介助をする看護助手の仕事に就いた。
「とにかく仕事に慣れるのに無我夢中で、1日が終わるのが早くて、あっという間に3年が過ぎました。最初は日本語の壁はもちろんありましたが、わからないことがあると先輩方が私に通じる言葉で教えてくださるなど、とても優しかったので、またこの病院に戻って来たいと思いました」

3年間の技能実習を終えて一時帰国したマチェビャさんは、「次は期限なく日本で働けるように、介護福祉士の資格を取ろう」との目標を持って、2022年に再来日。鶴川記念病院に復帰すると同時に実務者研修を受講し、2023年1月に介護福祉士国家試験を受験。一度目の挑戦で見事に合格を果たし、5年間の技能実習終了後に介護ビザに変更した。
患者さんの希望を汲み取ったケアを心がける
介護の仕事においてマチェビャさんが大切にしているのが、「患者さんを自分の家族だと思って接すること」。来日3年目にインドネシアにいる母親が入院した際に、自身が患者の家族の立場になってみて、そう考えるようになったのだという。

「母が入院している時は『病院でちゃんと見てもらえてるかな』と、私自身もすごく心配だったので。仕事が立て込んでいると、つい患者さんの介助を急いで終わらせようとしそうになることもあります。そんな時は、“その方が自分の家族だったらどう思う?”と自分自身に問いかけて、どんなに忙しくてもできる限り丁寧にお世話をさせていただくようにしています」
また、マチェビャさんが担当している病棟は年配の患者が多く、中には言葉がはっきりしない人もいる。そのような会話が難しい患者の気持ちも正しく汲み取って、より希望に沿ったケアを提供することを目指している。
「決められた介助をしているだけでは、本当に患者さんの役に立っているとは言えないと思うんです。これまでは患者さんの言葉が理解できない時には、先輩にお願いして何度も聞き取ってもらっていました。でも今は、前よりもちゃんと意思の疎通ができるようになったと思います。患者さんがしてもらいたいことに応えられたと感じられた時は、とてもうれしいです」

失敗を恐れず積極的に日本語を使うことが大切
プライベートでは、2022年にインドネシア人の男性と結婚。勤務がシフト制で不定休のマチェビャさんが夫の休日に合わせて希望を出し、休みの前日に焼肉屋に行くのが一番の楽しみだ。
「二人とも食べることが大好きなんです。一緒に暮らしていると、ますます食事の量が増えちゃって、夫婦揃ってなかなかダイエットができなくて困っています(笑)」

どんなタイミングでインドネシアに帰国するかはまだ決めていないが、マチェビャさんはこのまま鶴川記念病院で長く働き続けたいという気持ちが強い。
「仕事をする上で一番大事なのが人間関係だと思います。私は新しいコミュニティに慣れるのに割と時間がかかるタイプなのですが、この病院では皆さんとすぐに仲よくなれました。介護職ではよい条件を求めて転職する人も少なくないですが、初めての就職先ですばらしい環境に恵まれたのは、本当にラッキーでした」

そんなマチェビャさんに、日本語力をアップする秘訣を聞いてみた。
「日本語を話すことに不安があっても、勇気を振り絞って先輩や患者さんと積極的に会話をすることですね。自分から話さなければ、語彙力も向上しません。日本には優しい先輩も、日本語を教えてくれるインドネシア人も大勢いるので、間違いや失敗を恐れないことが上達の近道だと思います」
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