公開日2026年07月01日
たま日吉台病院で働くタウピックさん

同じ看護助手として働く妻と支え合いながら日本で温かい家庭を築いていきたい

タウピック ヒダヤットさん
(TAUPIK HIDAYAT)
1994年生まれ 東ジャワ・スメダン町出身
業務リーダーとして申し送りやシフトの作成も担当

静岡県、東京都、神奈川県で約40の病院・福祉施設を運営している新富士病院グループの技能実習1期生として、2018年に来日したタウピックさん。はじめの3年間は大田区の京浜病院で、療養病棟の看護助手として勤務。同病院の建て替えによる閉院に伴い、2021年にたま日吉台病院に異動となった。現在は特定技能として働いているが、介護福祉士国家試験に合格したため、間もなく在留資格「介護」へ移行する予定という。

看護助手の仕事は、患者さんの身の回りの生活支援と看護師の業務のサポートだ。食事・入浴・排泄・移動の介助や物品、病室の衛生管理などを行う。

「以前の病院では療養病棟の担当だったので、寝たきりの患者さんが多くて1日の流れがほとんど同じでした。今の一般病棟は自分で移動できる方やお話をしたいという方もいらっしゃるので、忙しいけれど楽しいです。また退院後に検診などに来られた際に、私のことを覚えていて笑顔で声をかけてくださると、とてもうれしくなります。入院時はあまり歩けなかった方が杖を使って元気に歩いている様子を見た時なども、この仕事をしていてよかったなあと思いますね」

現在の職場で5年目を迎えたタウピックさんは、2年前から日本人スタッフの先輩の後を引き継いで業務リーダーを務めている。基本業務に加えて、申し送り事項の確認やスタッフの勤務シフトの作成なども担当。最初は不安もあったが、今では重要な仕事を任されていることの喜びややりがいを感じているという。

3度目の挑戦でJLPTのN1に合格

そんなタウピックさんだが、当初は看護の道を志していた。高校生の時に親に勧められて看護師を目指した彼は、インドネシアの看護大学に進学。卒業後はジャカルタの病院で看護師として勤務したが、8ヵ月ほどで退職。新富士病院グループで実施していた技能実習生募集のリーフレットを知り合いの医師に見せてもらい、日本で働くことを決意した。

それから約1年半にわたり、インドネシアの研修所で日本語と介護の知識を学習。日本語能力試験(JLPT)のN3を取得し来日した。

「技能実習生になってから7ヵ月でN2にも合格しました。当初は5年くらいでインドネシアに帰る予定だったので、それ以上を目指さなくてもいいかなと考えていましたが、N1に合格するとお祝い金がいただけるキャンペーンが病院内で行われていたことから、思い切ってN1にも挑戦してみました。N1の試験問題はかなり難しくて、3回目でようやく受かることができました。ビジネス用語や小説、マンガ、アニメなどで使われる固有名詞も出るので、市販の問題集や過去問を解いて、自分で傾向をよく調べることが重要だと思います」

日本で長く働くつもりはなかったタウピックさんだったが、2024年6月に結婚したことで気持ちが変わった。お相手は、たま日吉台病院に隣接する同じ新富士病院グループの「川崎みどりの病院」に勤めている技能実習2期生の女性・タンティさん。現在は東京都内のアパートで、二人で暮らしている。

「同じ職種だから仕事の話が通じやすいし、現場での苦労もわかり合える。時にはお互いに提案し合うこともありますね。妻に助けられていることがいろいろあります。二人とも働いていて勤務時間はバラバラですから、食事作りなど家事全般はどちらか家にいる方がやるようにしています」

来年出産予定の妻のために車の購入を計画中

現在、奥様は第一子を妊娠中。2027年1月の出産予定日に向けて、タウピックさんも身重の妻と生まれてくる子どものためにさまざまな準備を始めている。

アパートから最寄り駅やバス停までは距離があるため、自動車学校に通って運転免許を取得し、自家用車を購入することを計画中。また、新富士病院グループでは外国人スタッフに対して日本人と同等の育休・産休制度を設けているため、上司に確認して期間などを相談するつもりだ。

「子どもを育てるのも日本の方がよいと思いますし、もうしばらくはここで働きたい。ただその一方で、自分が好きな料理の腕を生かしてインドネシアで飲食店を開くとか、日本語学校を経営してみたいとか、そういう夢もありますね。まずは妻と子どものために、目の前のことをがんばります」

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