日本の「銭湯」の歴史はタイルの歴史?
2023.07.10 up

日本の「銭湯」の歴史はタイルの歴史?

日本人の特徴的な文化の一つ、入浴。

江戸時代に生まれた「銭湯」と呼ばれる公衆浴場の文化をはじめとして、入浴は現代まで日本人の生活に定着しています。
そんな日本人の入浴文化を陰で支えてきたのが「タイル」です。

日本では古くから、浴室や台所、トイレなど主に水まわりの内装材としてタイルが使われてきました。
そのため、日本のマンガやアニメの入浴場面で、タイル張りの浴室が描かれているのをよく見ます。

© 1988 Studio Ghibli
たとえば、『となりのトトロ』に描かれる入浴の場面でもタイルが見られます。

実は2022年、日本はタイルが普及するきっかけとなった出来事からちょうど100年を迎えました。
それを記念する特別展「日本のタイル100年―美と用のあゆみ」が、江戸東京たてもの園で開催されています。

日本人の生活に欠かせないタイルには一体どのような歴史があるのでしょうか。
その流れをご紹介します。

特別展入口(撮影許可:江戸東京たてもの園)

日本のタイル事情とは

そもそもタイルとはどのようなものでしょうか。

日本では、「薄板状のやきもの」でできた建築材料のことをタイルと呼びます。

汚れや傷が付きづらく、掃除がしやすいという特徴から、特に衛生面で注意したい場所で使用されることが多いです。
同じ理由から、インドネシアでも全世帯の半数以上の家でタイル張りの床が採用されているといいます。

前述したとおり、タイルは入浴文化のある日本の水まわりを清潔に保つ役割を持ちます。
そして、公衆浴場内のタイルに絵を描いた「タイル画」の文化が生まれたほど、日本人の生活に深く根付いてきました。

子宝湯浴室のタイル 1929年(昭和4) 江戸東京たてもの園内

古代エジプトで生まれたタイル

タイルは「物を覆う」という意味のラテン語「テグラ=tegula」を語源に持つ言葉です。

世界最古のタイルといわれているのは、古代エジプトにおける「エジプト・ファイアンス・タイル」。
これは、ピラミッド内部の壁面に使われていたものです。

その後、耐久性と汚れを落としやすい特性が評価され、タイルは世界各地に広まりました。

エジプト・ファイアンス・タイル(撮影許可:江戸東京たてもの園)

19世紀になると、イギリスで起きた産業革命によりタイルは工業製品として大量生産されるようになります。
そして、西洋建築とともにタイルが日本へもたらされたのは明治時代。
しかし当時のタイルは、水まわりではなく玄関床や暖炉周辺に用いられていたようです。

明治時代、イギリスのタイルのデザインを見本にして制作された日本産のレリーフタイル。(撮影許可:江戸東京たてもの園)

日本におけるタイルの源流―「瓦」「煉瓦」「テラコッタ」

タイルは明治時代に日本へ伝わりましたが、当時日本で使用されていたやきものの建築材料はタイルだけではありませんでした。

その代表的な例として「瓦」があります。
これは6世紀、仏寺を造営するために大陸から教えられたものです。
瓦は屋根に使われるほか、タイル同様、床や壁にも使用されます。

そして、床に使えば「敷瓦」、壁の一部に使えば「腰瓦」というように、使用する場所や用途によって色々な名称で呼ばれていました。

施釉唐草文敷瓦(撮影許可:江戸東京たてもの園)
「敷瓦」とは床に使われる瓦のこと。

他にも、江戸時代後期にオランダから伝わった「煉瓦」や、煉瓦から派生した「化粧煉瓦」、アメリカから伝わった「テラコッタ」など、日本には世界各国から様々なやきものの建築材料が集まっていたのです。

現存する日本最古の赤煉瓦建造物に使われた蒟蒻煉瓦の一部。蒟蒻煉瓦とは日本の長崎地方一帯で見られる薄い煉瓦のこと。
(撮影許可:江戸東京たてもの園)

タイル需要の高まりと名称統一

多種多様なやきものの建築材料を、建築様式や場所、用途によって使い分けていた日本の建築業界。
大正時代に入ると、この状況に転機が訪れます。

まず、第一次世界大戦の影響によって生じた好景気により、都市部で大規模なビル建築が多数計画されるようになり、外装材としてタイルを使用した建築が増加しました。

また、庶民の間においても、旧来の生活様式を欧米型の合理的なものへと見直す「生活改善」の動きが活発になります。
そこでは、近代的な衛生設備と水まわりが推奨され、公衆浴場の内装も、従来の木製より清掃が手軽なタイルの採用が進むようになりました。

同時に、スペイン風邪など伝染病の流行により人々の衛生観念が高まり、タイルはさらに衛生素材として注目されるようになったのです。

モザイクタイル張り浴槽(撮影許可:江戸東京たてもの園)
タイルは水まわりに重宝されました。

しかしタイルの需要が高まる一方で、一つの問題がありました。

タイルをはじめとするやきものの建築材料は、歴史的な経緯から「敷瓦」「化粧煉瓦」などの呼び名がありましたが、その名称の数が25以上にも及んでしまっていたのです。
発注したい製品に一定の名称が存在しないという事態に、市場関係者の間でも不便が生じていました。

そこで1922年4月12日、全国タイル業者大会が開かれ、建築に使われるすべての「薄板状のやきもの」を「タイル」という名称に統一することが決められたのです。

この出来事によって市場の混乱は解消し、タイルは工業製品としてより広く日本に普及していくようになったのでした。

平和記念東京博覧會全景鳥瞰図 1922年(大正11) 東京都江戸東京博物館所蔵
博覧会内の「タイル館」で全国タイル業者大会が開催されました。

必見!日本の美しいタイル

日本における「タイル」名称統一から100年。

タイルは建物を保護する実用性を求められるだけではなく、やきものとしての美しさが追求された装飾性の高い美術タイルも数多く生み出されました。

今回の特別展では、日本におけるタイルのあゆみ100年に際して、用的価値と美的価値を兼ね備えた美しいタイルが展示されています。

和製マジョリカタイル(撮影許可:江戸東京たてもの園)
イギリスで流行したマジョリカタイルを模倣し、主にイスラム圏の国へ輸出。
施釉磁器モザイクタイル(試作段階)
(撮影許可:江戸東京たてもの園)
50㎠以下のタイルをモザイクタイルと呼びます。

また、現代技術によって開発が進んだタイルにも触れられており、タイルを取り巻く建築の未来を考えさせられる内容となっています。

エコカラットプラス リネエ(撮影許可:江戸東京たてもの園)
従来のタイルにはない断熱や抗菌、調湿といった機能が備わっているとともに、
伝統的な日本家屋に見られるテクスチャーに着目してデザインされています。

知れば知るほど面白い!日本のタイルのあゆみ

江戸東京たてもの園の特別展「日本のタイル100年―美と用のあゆみ」

日本人の生活を支えるタイルは、時代や生活の変化の中で定着し、今もなお発展を遂げていることが分かりました。

特別展では園内にあるタイルのMAPも配布されているため、実際に日本の歴史的建造物に使用されているタイルを探して楽しむことができます。

最後に、江戸東京たてもの園の学芸員の方より特別展に関するコメントをいただきました。

「タイルは私たちにとって身近なものですが、自分自身、この展示に関わるまでその歴史などを詳しくは知りませんでした。この特別展は、日本のタイルの源流から現在までの流れが見られる展示になっていると思います。」

特別展は8月20日まで開催しています。

タイル名称統一100年を記念するこの機会に、ぜひ足を運んでみてください!

概要

名称:「日本のタイル100年―美と用のあゆみ」
開催期間:2023年3月11日(土)~8月20日(日)
会場:江戸東京たてもの園 展示室
所在地:東京都小金井市桜町3-7-1(都立小金井公園内)
入場料:一般400円/大学生(専修・各種含む)320円/65歳以上の方、高校生、中学生(都外)200円
※中学生(都内在住または在学)、小学生、未就学児童は無料
※団体料金(20名以上)あり
開園時間:午前9時30分~午後5時30分(入園は午後5時まで)
休園日:月曜日 ※月曜日が祝日の場合、翌日休園
公式サイト:https://www.tatemonoen.jp/