10年間務めた日本語通訳の経験を生かして39歳でバス運転士に挑戦
3年間の技能実習中にJLPTのN2を取得
2024年3月、自動車運送業が特定技能1号の対象分野に追加された。これを受け、東京都城南地区および神奈川県川崎市・横浜市の東急線沿線を中心に一般路線バスを運行する東急バス株式会社では、2025年9月に3名のインドネシア人材を特定技能の運転士候補者として採用。そのうちの1人として2026年3月の運転士デビューを目指しているのが、今年40歳になるバグスさんだ。
バグスさんは高校卒業後、日系企業のタイヤ製造会社に就職し、タイヤの組み立て作業を担当していた。しかし、契約社員としての採用だったため、次第に将来に不安を抱くようになる。そんな時、日本で技能実習生として経験を積んだ後に正社員になった人がいると知り、勤続4年で退職して日本へ行くことを決意。2008年に初来日し、静岡県浜松市にある板金加工・機械製造を行う会社で技能実習生として3年間勤めた。
「当時はまだ日本語もうまく話せないし、怒られることも多かったので、1年目は仕事も日常生活も厳しかった。けれど、2年目からは慣れました。そして3年という限られた期間に、お金以外にもインドネシアに持って帰れるものを身に付けようと思い、猛勉強して日本語能力試験(JLPT)のN2に合格しました」

2人の子どもに日本の教育を受けさせたい
2011年に帰国したバグスさんは中古のトラックを1台購入し、大型自動車運転免許を持つ運転手を雇って自ら運送業を営んだ。しかし、経営は思うようにいかず断念。妻子を養うための安定した収入を求め、自身の強みであるN2の日本語能力を生かして、2015年に日本の大手衛生用品メーカーの現地法人で日本語通訳として再就職した。
その翌年に2人目の子どもが生まれると、バグスさんは「子どもたちを日本の学校に通わせたい」と思うようになった。日本での仕事先を探していくうちに、技能実習生時代の先輩・後輩とのグループチャットで、東急バスが運転士を募集していることを知る。もともと車の運転やドライブが好きだったこともあり、2024年11月にインドネシアで行われた面接・普通自動車の実技試験を受けて内定を勝ち取った。
2025年9月に再来日した後は、外免切替と大型二種免許取得のために、東急自動車学校の近くにある東京都内のシェアハウスに入居。免許取得後に社内で新任運転者研修を開始し、2026年2月の神奈川県川崎市・虹が丘営業所への配属に合わせて、会社が借り上げている徒歩20分ほどのアパートに転居した。

外国人材が日本に家族を帯同させるには、特定技能2号の取得が必要だ。しかし、運送業は1号に追加されたばかりで、現時点では2号の制度が整っていない。
「子どもたちも早く日本で暮らしたいと言っているので、自動車運送業が特定技能2号に追加されるまで頑張ろうと思っています」と話すバグスさんは、いつか日本で家族と暮らせる日を夢見て、目の前の目標である“運転士デビュー”に向かって研鑽を積んでいる。
発音が難しい車内アナウンスは家で自主練
新任運転者研修がスタートしてからは、毎日9〜17時までさまざまな教習に励んできた。最終目標は、特定技能1号の要件のひとつである“運転士単独での営業運転”。バグスさんはその一歩手前の、教習を担当する運転士同乗のもと、お客さんを乗せて実際のバス路線を運転する段階に入っている。

「入社してから、運転士の仕事の多さにびっくりしました。いろいろな運賃の支払い方法に対応する必要がありますし、車内アナウンスはバス停の名前を覚えるのはもちろん、発音も日本人と同等のレベルが求められます。周辺情報もインプットして、できるだけスムーズに運行できるように各信号が変わるタイミングも全部頭に入れて……と、学ぶべきことがたくさんありますね。教習でうまくできなかったことは、家で練習しています。大変ではあるけれど、一つのコースを覚えたら次のコースや新しいことをどんどん教えていただけるので、それがとても面白いです」

最後に、日本で働くことを目指すインドネシアの人たちにメッセージを。
「日本で運転士を目指す人は最低限、日常生活に必要な日本語を覚えてくること。特にバス運転士になる場合、JLPTのN3は必須です。それから、日本とインドネシアの交通ルールの違いをきちんと理解すること。インドネシアはルールにアバウトですが、日本では必ず守らないといけません。また、インドネシアでは煽り運転をしばしば見かけますが、日本では絶対にNGです。周りの車や歩行者を思いやり、優しい運転を心がけてください」

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