インドネシア国内で、日本語学科や日本語プログラムを持つ大学は34校あります。
その中でも、ダルマ・プルサダ大学は全学生に対して日本語の授業が必修科目になっているほど、日本語教育に力を入れています。
そんなダルマ・プルサダ大学の日本語教育を向上させるために、日本の大学から専門家が派遣されているプロジェクトがあります。
今回は、広島大学 教育ヴィジョン研究センター(EVRI)の「HUGLIプロジェクト」について取材しました!
この記事の目次
広島大学の教育をグローバルに
広島大学の教育学部は、日本国内でも高い研究力を持っていますが、特に日本語教育に関しては日本最大規模の研究機関であり、日本語教師の養成も行っています。2017年に教育の専門家による組織「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」を設立。センター長の丸山恭司(まるやま・やすし)教授にお話をうかがいました。
「EVRIは、“すべての人のために教育の革新的なデザインを提言し、形にする”ことを目的に、地域社会や行政、企業に対して様々な活動を行ってきました。その取り組みの一つとして、広島大学の教育を世界展開するHUGLI(Hiroshima University Global Learning Institute)プロジェクトをスタートしました。広島大学と提携している海外の大学に拠点を作り、現地の研究者との共同研究や留学生交流を行っています。その拠点の一つがインドネシアのダルマ・プルサダ大学にあります」
ダルマ・プルサダ大学で必要となった日本語教育の立て直し
ダルマ・プルサダ大学は、インドネシア元日本留学生協会(PERSADA)が、インドネシアと日本両国への感謝の証と、母国の発展のために設立した私立大学です。その特殊な成り立ちから、すべての学生に日本語授業が必修科目となっています。
しかし、設立から30年が経ち、大学の運営や教育を見直す必要がありました。そこで、2016年にダルマ・プルサダ大学支援のための大学コンソーシアムが、日本インドネシア協会を中心として設置されました。大学コンソーシアムには、広島大学を含め日本の大学11校が参加しました。
「当時、インドネシア中のすべての大学でカリキュラムの見直しが行われていましたが、ダルマ・プルサダ大学は肝心の日本語教育に関しての新しいカリキュラムの見通しが立てられない状態でした。そこで、充実した日本語教育環境を持つ広島大学が、ダルマ・プルサダ大学のカリキュラムに関わり、助言や現地の教員たちへの研修をする必要がありました。偶然にも我々がHUGLIプロジェクトとして行ってきたことと、ダルマ・プルサダ大学からの要請が合致していたのです」
こうして、ダルマ・プルサダ大学の日本語教育向上のため、広島大学がHUGLIプロジェクトの活動として支援をすることになりました。
教育の専門家がインドネシアへ
2017年から本格的に動き始めた日本語教育支援。
広島大学から教育分野のスペシャリストが現地へ派遣されました。HUGLIプロジェクトの中心メンバーで、日本語教育の専門家である永田良太(ながた・りょうた)教授に、現地での活動について話をうかがいました。
「私は、ダルマ・プルサダ大学日本語学科の教員たちを対象に、日本語教授法についての指導を行いました。その他にも、大学の新しいカリキュラムに沿った教育方針に対して、評価方法や課題の解決方法などについて議論を重ねてきました。現地の教員たちは、授業期間にもかかわらず、熱心に参加して学ばれていきました」
2019年まで計7回の現地派遣が行われ、永田教授による日本語教育だけでなく、日本文化などの専門家も日本から参加し、現地で交流を深めました。
「優れた日本語教育者になるためには、歌舞伎や座禅といった日本の文化や文学などについても知る必要があります。その分野の専門家も現地で講演やワークショップを行い、ともにシラバスの改善や、教材の開発などに取り組んできました」
オンラインを利用して、より多くの人へ届く教育を
しかし、2020年に新型コロナウイルスの世界的な流行が起きたため、現地での活動が困難になりました。その対策として、HUGLIプロジェクトのメンバーは、オンライン上で引き続きセミナーや議論を行うことを決めました。この方法は、結果として大きなメリットがあったと前EVRIセンター長で、社会科教育の専門家である草原和博(くさはら・かずひろ)教授が語りました。
「今までの現地派遣は、永田先生を中心とした数人の教員が、数週間現地で講演や議論などを行ってきました。しかし、日本での業務もあるため、参加したくてもできない方が何人もいました。コロナ禍の影響でオンラインに活動の場を移すことで、これまで参加できなかった教員も参加できるようになりました。日本語のチューターとして参加した広島大学の学生にとっても、インドネシアの方々との交流をは素晴らしい経験になりましたし、私自身もオンライン上で講演を行い、参加者との議論を重ねることができました」
もちろん、参加の幅が広がったのは日本側だけではありません。当初はダルマ・プルサダ大学の日本語教員のみを対象として始めたプロジェクトが、現在は学科や大学の枠を越えて、インドネシア以外の国の方も参加するようになりました。
「結果として、講演や参加者の数もバリエーションも増え、より活発な交流が行われるようになりました。すべての人のための教育を追求するEVRIとしては、多くの方に教育の場を設けられたことは嬉しいですね」
(提供:広島大学 広島大学教育ヴィジョン研究センター)
そのうえで、永田教授はオンラインだけでは得られない情報が実際にはたくさんあることも指摘。
「例えば、授業外の学生たちがどこでどんな日本語を話しているのか、そういったところに授業改善のヒントが隠されているかもしれません。それらの情報を現地の教員がどれだけうまく活用できるか期待しています」
未来を見越した活動を
今年で6年目を迎えるダルマ・プルサダ大学への日本語教育支援。今後の活動方針はどのようなものとなるのか、永田教授に訊きました。
「これからは次のステップに進みます。それは、ダルマ・プルサダ大学の教員たちだけで問題解決ができるようにすることです。専門家による講演や指導などは、その時だけは教員へのいい刺激になるのかもしれませんが、自身で問題解決ができるようにならなければ本当の支援とは言えません。日本の学校教育では、“研究授業”といって、職場の教員同士で授業に対する良いところや改善点を見つけ合い、批判や指導、助言を行います。こうすることで、学校内から教育の水準を高めることができるのです。現状のインドネシアではそのような取り組みは行われていないように思います。最終的にはダルマ・プルサダ大学の教員には自立してほしいので、まずは彼らが考えた授業方針や課題解決案に対して、助言をすることになると思います」
この他にも、オンラインの形式を利用して日本で活躍しているインドネシア人研究者の発表の場を設けることも視野に入れているとのこと。2022年の活動では、日本の大東文化大学で教鞭をとっているミヤ・ドゥイ・ロスティカ講師が、インドネシアの女性解放の先駆者として英雄視されているカルティニの貢献と評価について講演を行いました。
(提供:広島大学 広島大学教育ヴィジョン研究センター)
今回の取材には、ダルマ・プルサダ大学の日本語学科教員であるハリ・セティアワン先生もオンラインで参加。現在の活動の報告と、次の活動について打ち合わせする様子も見ることができました。
丸山教授は、HUGLIプロジェクトやEVRIの将来について期待を寄せています。
「現在、アジアを中心として世界中で日本語教育が必要とされています。当初は、日本語教育指導を中心としたHUGLIプロジェクトをエジプトや中国へ展開することも予定していました。新型コロナウイルスの大流行が起きてしまったので、立て直しが必要になったプロジェクトもいくつかありますが、それらを含めた更なる発展のために、これからも精力的に活動していきます。HUGLIプロジェクトとして行っていたオンラインセミナーも大変好評だったので、今後はEVRI全体の活動にもこの形式を応用していく予定です」
広島大学への留学も大歓迎!
世界中に拠点を持つ広島大学には、世界各国から留学生が集まります。その中でも、インドネシア留学生は100人を超え、学内でも2番目の規模。広島大学の先生方に広島大学や広島県の魅力を語っていただきました。
丸山教授
「広島大学は、インドネシアとの長い交流があるおかげで、インドネシアからの留学生がとても多い大学です。大学内のみならず、広島県の街中にもハラルフードを提供する店やインドネシア人のコミュニティがあるので、初めて日本へ留学する人でも過ごしやすい環境です。このプロジェクトを通じて、広島大学や日本文化、そして日本を好きになってくれる人が増えてくれたら、EVRIやHUGLIプロジェクトの意義はとても大きいと思います」
永田教授
「広島大学は、日本語教育に特に力を入れている大学です。将来母国で日本語教師として活躍したい人や、日本語や日本文化などを深く知りたい人は、ぜひ広島大学にお越しください」
日本語教育のスペシャリストたちが活躍する広島大学のHUGLIプロジェクト。
これからの活躍に注目です!
広島大学副学長(国際交流・日本語教育担当)
広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI)センター長
専門は教育哲学・教育倫理学
広島大学教育学部 教授
広島大学附属小学校 校長
専門は社会言語学・日本語教育
広島大学 副理事(研究倫理担当)
広島大学教育学部 教授
専門は教科教育学・社会科教育学